「すみません」を言いすぎる人、言わない人。“責任回避”時代の謝罪法とは

先日ある家電量販店にて、「近頃の店員は『すみません』も言えないのか!」と大声を上げている年配のお客さんを見かけました。話の様子から察するに、注文品が予定どおりに届いておらず、若い店員が「自分の責任ではない」と言って謝罪を述べなかったことで、客が怒り出してしまった様子。その後、上司のような方が駆けつけて、ひたすら謝っていました。皆さんは、もしも自分がこの若い店員だとしたら、すぐに謝りますか?

場を平和に収めるための「すみません」


従来の日本人は、とにかく「よく謝る」国民だ、と海外の方から指摘されてきました。専門家たちは、この背景には以下のような日本文化の風潮がある、と挙げています。

・「その場を平和に収束させること」を何よりも重視する
・非を認めて謝る『潔さ』が美しい、という認識がある
・潔く謝った人を責め立て、責任を追及するようなことをしない
・自分のほうが正しい、と主張することは利己的で見苦しい、と考える
・相手の立場を思いやり、共感する性質が強い
・お互いの“メンツ”を立てることを重視する

◆参考:「『すみません』の国」 榎本博明著 日本経済新聞出版社

具体的な原因の所在や真実は曖昧な状態でも、ともあれ「すみません」と言って非を認め、その場を収めようとする。怒っている側も、そうして潔く謝る人に対しては、それ以上責め立てるようなことはしない。だからからこそ、「よく謝る文化」が成り立ってきたのですね。あまり過剰に「自分のほうが正しい」と主張することは、みっともない……という空気は、現在でも確かにあるように感じます。

“謝りすぎる”と逆に信頼を失うことも!?


また、「よく謝る」と言われる日本人のなかでも、さらに“謝りすぎる”性格の人もいますが、この場合は別の心理的要因も考えられます。具体的には、過度に「いい人」を演じてしまう、自分が批判されるのを怖れて、他人に合わせたり、他人を許そうとする、そんな傾向です。

EDITOR

外山ゆひら

対人関係、心や生き方に関する記事多め。発言小町の相談コラム『恋活小町』担当。文芸・カルチャー・エンタメ方面を日々遊歩しております

関連記事

今、あなたにオススメ