「ぼっち飯」はそんなにいけないこと?

最近の学生は「ぼっち」という言葉に敏感です。「ぼっち」とはひとりぼっちの略で、例えばひとりで食事をすることを「ぼっち飯」といいます。
 
ぼっちでいることを避け、ぼっちでいることを恥じる。いわく、「周りの人に、友達がいないかわいそうな人と思われるから」
 
某大学にはそんなぼっち達が周囲に気兼ねなくぼっち飯できるように「ぼっち席」なるものがあるそうです。ここまでくると行き過ぎなようにも思えますね。

そしてぼっちでいることを恥じる彼らは、実際にぼっちになったときにたいてい同じ行動をとります。それは、「スマホをいじること」。
 
ツイッター、LINE、フェイスブック……。ひとたびスマホを開けば、彼らはさまざまなネットワークサービスを通じて、空間的にはひとりでいても、スマホを介して何人もの友人とつながることができます。見た目では「ぼっち」でも、彼らからしてみるとスマホさえあれば「ぼっち」ではないのです。
 
ある大学生は、「食堂などでひとりになると、友達に見られたときにぼっちでかわいそうって思われたくないから、先にツイッターで『食堂ぼっちなう』ってつぶやいてネタにしちゃう。運が良ければ偶然近くにいる友達に「一緒にご飯食べよう」って誘ってもらえることもあるしね」と語ります。なるほど、高度なテクニックです。
 
なぜ彼らはこんなにもひとりでいることを忌み嫌うのか。それは、数々のSNSの発達によってもたらされた「つながりやすさ」によるところが大きいと思われます。彼らはSNSが発達したことで、以前よりも簡単に周りの人とつながれるようになりました。10代という多感な時期にいつも人とつながっていた彼らにとって、その分ひとりになったときのさみしさの反動は大きく、そうしてひとりでいることがマイナスに捉えられるようになったのでしょう。
 
さてここまでは大学生の話をしてきましたが、もちろんこれはオトナにも通じる話。
 
あなたも「なんとなくひとりはいやだな~」と思って「ぼっち」を避けていることがあるはずです。「おひとりさま」「ひとりカラオケ」などが流行しても、つい「それってさみしそう……」と敬遠してしまうかもしれません。

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