反抗期のない若者たちが増えている?

ロンドン五輪たけなわです。
体操男子の内村幸航平選手の総合金メダル獲得シーンは、何度見ても心が高揚しますね。会場には、お母さんが日の丸を掲げて応援していました。金メダルを胸にした航平選手が、スタンドのお母さんめがけて花束を投げ入れる場面がまぶたに浮かびます。

インタビューでも「母には感謝の気持ちでいっぱい」と、お母さんの支えがいかに大きなものであったかを窺わせるコメントを残しています。

反抗期がないと、子どもは大人になれない?


「最近の若者は、母親に対する『反抗期』を持たずに大人になっているのではないか」

そんな疑念を持ち始めたのは、数年前からです。高校生の文章を読むと、家族関係をめぐる葛藤を経験していない生徒が多いのではないかと思い始めたのです。一番信頼できるのは「家族」であって、母親も父親も自分の一番の理解者であるというようなことが、綿々と綴られています。

もちろん、親子関係が良好なのは結構なことです。

ただ、しかるべきに「親離れ」「子離れ」を経験しておかないと、ひょっとして子どもは大人になれないのでは?


かつて「親」は、身近にあって超えるべき存在でありながら、超えられない存在でもありました。親はわが子に対し、生活のあれこれから、将来のことまで口うるさく干渉してきて、そんな環境に耐えかね、子どものほうは反抗的態度をとったり、友達のところに家出してみたりということよくありました。

それは、「親の一部」であった自分が、自立した存在として羽ばたこうとする、精一杯の抵抗だったわけです。

私の知り合いや友人の親子関係を見ても幼児期から青年期まで、およそ「反抗期」など影もかたちも見当たらず、まるで「友達」のような良好な母子関係を保っているのが一般的となっています。

「親」と「子」との「世代間の断絶」が薄れてきたのか、子どもが早熟なのか、親の物分りがよくなったのか?
もちろん、家庭環境に問題があったりして、人知れず深い悩みを抱えている子どもたちのことを思えば、親子の仲が良いことに異論をはさむなどありえない話かもしれません。

でも。

世の中には、自分の親以上に自分の人生を変えてしまったり、強い影響力を与えてしまったりするような大人がもっともっと存在する。そうやって、子どもは一旦親を捨てて世に羽ばたいていく。

でも、社会人になり、結婚して家庭を持って、親となったとき、自分の「親」のすごさ、あたたかさ、大きさ、かけがえのなさに改めて気づくものなのです。

成長する過程のなかで、親と同じ性格を受け継いでしまったことに激しく懊悩したり、兄弟の育て方の違いを巡って、母親を恨んだり。

そんな母子をめぐる葛藤を経験している人の心の陰影に、成熟した大人らしさや人間としての深みを感じてしまうのは、私だけでしょうか。

あなたはどう思いますか?
(初音/初音と綾乃)

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