結婚しないという意思表示? 『同棲』ってどう思いますか? 

『同棲時代』という映画がある。

1973年に公開されたこの映画は、「結婚」という形態をとらずに一つ屋根の下に暮らし、傷つきながらも愛を育む男女の関係を描いたヒット作だ。

「同棲」という男女の愛の形を世に広めた作品とも言える。「結婚」も「同棲」も、男女の絆、それも「性」によって結ばれた関係が軸になっていることは同じ。

でも、法的に認められた関係ではない「同棲」には、「結婚」という晴れやかなイメージとは違い、どこか隠微な響きがまとわりついていると、かねがね思っていた。

あっけらかんとした「別離宣言」


先日、知人が年下の女性から「10年一緒に住んでいた彼と別れて、一人暮らしになりました」と聞かされたそうだ。

10年も暮らしていたわけだから、愛情もそれなりにあったはず。でも、安定した職を求めるでもなく、結婚をほのめかすでもなく、ズルズルと今日まで関係を続けていた彼に、見切りをつけたのではないかしらと、知人は苦笑していた。なんともあっけらかんとした「別離宣言」に、私もいささか驚いた。隠微な響きなどどこにも感じられない。

聞けば、その女性は「誰かいい人いないでしょうか」と、さっそく恋人探しをしているらしい。

「同棲」は「結婚しない」宣言?


いわゆる「結婚観」の多様化にともなって、「未婚」「非婚」「晩婚」などは、珍しいことではなくなった。

「同棲」も、いわゆる結婚前の「お試し期間」と考えれば、むしろ一生添い遂げる相手を見極めるためにはよいのではないかという風潮もある。

されど。

女性の立場からすれば、「同棲」というのはいわゆる「一緒には居たいけど、結婚しないよ」という男性の都合の良い「意思表示」なのではないかと思える。

「何も法的に認められなくてもいいじゃないか」という向きもあろうが、いつまでも「都合のいい女」であることに女性たちが甘んじているわけではない。決断のできない男性を尻目に、女性たちは軽やかに次の人生のステップを越えていく。

残された男性は、女性が去ってはじめて、かけがえのない存在を失った大きさに気づく。

結婚をめぐる「あいまいさ」を許さないために


人は人生の節目に「自分自身を賭けて決断する」機会が幾度かある。

「結婚」は、まさしくそのひとつの機会だ。

あなたが「最善の選択だった」と思いたいのなら、結婚前にあらゆる機会を設けて、伴侶となる人を知る努力をする必要がある。

相手と会って、話したり行動を共にしたりすることはもとより、相手の友人や親兄弟とも交流を持ち、生まれ育った環境についても知る手立てを講じる。その努力を怠らないことが大事なのではないか。

それだけのことをしてから「決断」するのだから、結婚後に不平や不満があっても、それを相手のせいにするのではなく、自分の責任として引き受ける覚悟を持つことが必要だ。

「同棲」というあいまいな期間を持つことは、自分に結婚をめぐる「あいまいさ」を許すことになる。

どっちつかずの期間が長くなれば、それが解消されたときに払う代償も少なくはない。

さて、あなたはどう思う?
(初音/初音と綾乃)

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