あなたの「不機嫌の種」を解消しませんか?

新しい年の初め。帰省、年始廻り、仕事始めと、新しい気持ちで忙しく過ごす時期です。
そんな日常にあって、自分の心が安定している人は、今年一年も新たな目標に向かって歩み始めることが出来るでしょう。

しかし、私たちの心の中には、なぜか不機嫌や嫉妬の感情、人を恨む気持ちや復讐心などが芽生えてくることがあります。なぜなら、わたしたちは絶えず「他者」とともに社会を生きているからです。

「人間関係」の輪の中にいるからこそ生まれる「不機嫌の種」


たとえば、「多くの人々は、自分の知らない新しい出来事の話を聞かされると、腹立たしい様子になる。というのは、新しい出来事はそれを先に知った人に優越感を与えるので、その優越感が癪にさわるからである」と、ニーチェはいいます。

優越を感じている相手に対して、自分は小さな劣等感を抱き、相手への嫉妬心が少しずつ芽生えていくのです。こんなに小さな種であっても。こうしてわたしたちは「他者」から受けた傷跡に悩み、それを根に持って、次第に復讐心を持ち、不機嫌の種を抱えて、日々悶々とした気分で過ごすことになります。

特に、心が弱っているときは、そのような「不機嫌の種」が生まれやすい。それもこれも、職場の同僚、学生時代の同級生、スポーツチームの仲間、ひいては自分の親戚縁者や家族といった「人間関係」の輪の中に取り込まれているからこそ、生まれる感情なのです。

「自分固有な人生」を生きる勇気


では、どうしたらこのような「心理的葛藤」から逃れられるのでしょうか。

それはズバリあなたが「他者と自分とを比べず」「自己自身になりきって生きる」ことができればよいのです。
私たちは、物心ついたときから「他者との比較」の中で生きてきました。兄弟がいれば、兄や姉との比較をされ、学校ではテストの成績や運動能力の差を思い知らされ、結婚して家庭を持てば、誰が一番幸せなのか詮索し合う。

人と接触をすればするほど、「優越感」と「劣等感」の狭間に置かれ、「心理的葛藤」を抱える危険な状況が生まれるのです。ニーチェは言います。「人々と交際するときには、彼らの行動の動機を見て見ぬふりをする。好意的な空とぼけが、往々必要である」と。

確かに、わたしたちは「他者の振る舞いや発言の裏にある意図や感情の根っこ」を、無意識に探りながら、人と付き合っています。しかしそんなことをすれば、それが当たっていようと当たっていまいと、自分の心がかき乱されるだけ。

自分の意思で「やり過ごす」「見て見ぬふりを」することで、他者の感情や意図に振り回されず、「寛容」な態度で付き合えるはずです。これは、相手が自分に対して「嫉妬心」を燃やしてきているときにも有効です。

また、ニーチェは「自分の友人たちについてあれこれ語ってはならない。さもないと、友情の気持ちに傷がつくようなことをうっかり喋ることになる」とも説いています。

親しくなると、つい自分の知っている友人のプライベートな話や弱点について、本人に面と向かって物申したり、他の人に語ってしまったりすることもしばしば起こります。それは他者に過剰に介入することであり、そうすれば相手の「固有な人生」に干渉することにもなる。

「他者」と「自分」を過剰に比べず、「自分固有な人生」を発見して、果断にその道を生きていくならば、あなたの心の中にあった「暗い情念」は消え去っていくでしょう。
(初音/初音と綾乃)
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