コミュ障・コミュ力って、結局なんなの? 今日からは会話でストレスをためない!

コミュ障、コミュ力、そんな単語を聞いたことはありませんか? コミュ力とは人とうまく話せる能力のことであり、それがある人を「コミュ力の高い人」だと表現します。反対に人とうまく話せない人のことを「コミュ障」と呼びます。普段私達は、きちんと会話できるかどうかを常に試されているような時代に生きています。

では、そもそもコミュニケーションとは何なのでしょうか?「コミュニケーション」この言葉を広辞苑で引くと「社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達」であると定義されています。
これを聞いて「あれ?」と思いませんか。

さまざまな便利な道具に囲まれて生きている私達にとって、ただ「知覚・感情・思考を伝達する」のはとても簡単なことです。最近の居酒屋では飲みたい物があっても店員さんと話す必要はなく、タッチパネルに注文を打てばほしい物が運ばれてくる。自分を表現したいときはTwitterやFacebookに書き込めば誰かからリプライが返ってくる。話す気にならなくてもLINEをすれば会話ができる。

実際、伝達自体がうまくいっていないなと思うのは、めんどくさい交渉事や、けんかをしているとき、慣れない英語で外国人と話すときなど、とてもレアなケースになっているでしょう。つまりもともとの意味での「コミュニケーション」の力がない人などほとんどいないのです。

文明の利器のお陰で、思考の伝達はどんどん簡単なものになり、それにつれてコミュニケーションとは単なる伝達ではなく、人と人が心地良く話すための技術になってしまいました。コミュ力を求められる私達は、伝わるだけではだめで、それをいかにうまく伝えられるか、面白おかしく話すか、というハードルを課せられるようになってしまいました。

しかし、毎日毎日、人と関わる上でそんなハードルを乗り越えていかなくてはいけないのでしょうか。それでは大変すぎます。私達は日々生きているといろんな人と出会い、話をします。同僚やクラスメイトだけでなく、駅員さんやパン屋の店員さん、ささいな一日の中でも数えきれないくらいたくさんの人と言葉をかわしています。

誰に対してもよく思われよう……そんな気持ちで会話を続けていると疲れてしまい、話をすることが嫌いになりそうです。そんなときは一度コミュニケーションの原点に立ち返ってみましょう。そう、うまく話す必要はない、伝わればそれでいいのです。

合う人がいれば合わない人だっている。私達は一人一人違う人間で、普段はとても心地良く会話できても、どうしてもこの人とはうまくいかないという瞬間が必ずあります。そんなとき自分を「コミュ力がない」と責め立てるのではなく、伝達は出来ている、本来の意味でのコミュニケーションは取れているのだから大丈夫! そうポジティブに考えることが大切です。

お笑い芸人ばりのトーク力を求められてしまっている現代の私達も、本来の意味での「コミュニケーション」を思い出し、ときにはコミュ障だと思われてもいいやと肩の力を抜けば、気負わずに毎日のコミュニケーションをこなしていけそうです。

※取材協力=村山ゆい

(五百田達成)

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