リア充って何? リア充に恐怖を覚える女子の本音

少し前に、こんな文章がTwitterで話題になったのを知っているでしょうか。
 
中学生「小学生の頃は良かった」。 高校生「中学の頃は良かった」。大学生「高校の頃は良かった」。社会人「学生の頃は良かった」。退職後「働いてた頃は良かった」。 いい加減気づけよ、今が一番楽しいって事に。
 
――私たちはしばしば過去の自分と今の自分を比較し、「あの頃は楽しかった…」なんて言いがちです。でもよく考えてみると、それってその時その時が一番楽しいってことでは?そんなことを気づかせてくれる素敵な文章ですね。
 
近頃私たちは、この「その時その時を楽しむ」という意識を忘れがちです。ではなぜ、この感覚が薄れてきてしまっているのでしょうか。「昔は良かった…」となげくだけならともかく、今の自分の日々がなんとなく充実していないかのように感じてしまう。これは単なる懐古主義や、思い出補正という言葉では片付けられません。では本当の原因はなんなのか。それはずばり、“リア充”です。
 
もうすっかり定着しつつある“リア充”という言葉。このなんともあいまいな「リアルが充実している人」という言葉を聞いた時、私たちはどんな人物を思い浮かべるでしょう。交友関係が広くて、素敵な恋人もいて、日々何かに打ち込んでいて人生をエンジョイしている…なんてイメージが思い浮かぶと思います。

ではこのリア充という言葉を使うのはどんな時か。
「あの子はリア充だからいいよねー」「私はリア充じゃないから……」
 
私たちがこの“リア充”について言及する時、多くの場合リア充と自分自身とを比較するような文脈で使っていませんか?逆に「私こそがリア充だ!」と声高に主張するような人はいないですよね。
 
私たちが日常を省みるとき、自分よりワンランク上の存在=リア充を勝手に想定してしまっているのではないでしょうか。

「仕事はやりがいもあるし楽しい……けれど、恋人がいないから私はリア充じゃない」
「大切な友達は何人かいる……けど、コミュニティが広くないから私は非リアだ」
 
この実体のないリア充と自分とを比べ、あたかも自分たちの日常は充実していないかのように感じてしまう。それって日々を過ごす上でとてももったいないことですよね。
 
自分にないものを持っている人物を見れば、劣等感を抱いてしまうのも仕方のないことです。しかしその相手もまた、本人にしかわからないような悩みを抱えているはず。こんな人の人生は充実している(あるいはしていない)なんてことは決められていないのだから、幻のリア充と自分とを比べる必要なんてないのです。
 
そして冒頭で述べた通り、この“リア充”は、他人とは限りません。過去の自分と現在の自分を比べ、「あの頃は楽しかった…」と感じてしまうこともあるはず。過去の思い出を懐かしむということは、もちろん悪いことではありません。しかし思い出に引きずられるあまり、今の自分の幸せを見失ってしまうのはとても悲しいことですよね。
 
他人に捕らわれず、自分の日常を受け入れ、日々楽しむ。それこそが真のリア充の姿ではないでしょうか。そうした気持ちこそが新しい出会いを受け入れることにつながり、そうすれば、愛情やパートナーにも恵まれ、結果的にいわゆる「リア充」になることができるのです。
 
表面的なリア充を手放すことこそが、真のリア充につながる。一見難しいけれど、簡単なこと。ぜひがんばってみてください! 
(五百田達成)

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